渋滞にはまって

所用からの帰り、わたしは川沿いの道を走っていた。国道を迂回する、抜け道である。車も少なく、快適な一方通行だ。流れ行く川を右手に見ながら、ほどよく飛ばせる道である。

ところが、今日は違った。うっかり帰宅ラッシュの時間に当たってしまったのだ。こうなると、この道は最悪である。一車線だけの、すり抜けも出来ない狭い道なのだ。脇道は無い。ずっと先の信号まで、延々と車が列になっている。右手の土手を降りればなんとか走れそうだが、どうせスタックするのがオチだろう(過去にも、河原でスタックして泣いた事があった)。どうにも、しようがない。

わたしは、あきらめた。たまには、渋滞もいいではないか。川の流れでも眺めながら、のんびり走ろう。せっかくバイクに乗っているのだ、おおらかな心を持たなくては。ゆったりと、行こう。

そんな決心も、5分後には揺らぎはじめていた。全然、進まないのだ。いったい、どういう事だ。信号が変わるたびに、少しずつ前進する。その度に一回一回ギアを入れて、ちょっと走っては、またニュートラルを出す。しかも、ミッションの入りが固いときている。ニュートラルが出にくく、ガッツンガッツンと、神経に障る感触である。

梅雨の中休みなのだろう、夕方とはいえ、昼間の熱気が残っている。その上、両足の間で、エンジンは呑気に脈動している。けととん、けととん。熱い。シリンダーから熱が放射されているのを、まざまざと実感する。熱い。前後の車は、クーラーで涼しげである。こっちは、股間に火鉢を抱え込んでいるようなものだ。本当に熱い。

あ、ちょっとだけ前進した。ヘルメットのシールドを上げて、つかの間の風を楽しむ。と、今度は虫だ。ヘルメットの中に飛び込んでくる。蚊だろうか、うわっ、耳もとに入ってきた!!独特の高周波が、ヘルメットの狭い空間に響き渡る。わたしは、あわてて指でほじくる。なんて事だ!

もういやだ。渋滞なんて、まっぴらごめんだ。こんな時は、つくづく車の快適さがうらやましい。バイクが格好いいなんて、大きな勘違いだ。夏は熱いし、冬は寒いと来ている。バイクが楽しいのは、一年のうちのホントのわずかの期間だ。こんな渋滞にハマった日には、バイクなんて最悪だ。

誰に言うわけでもなく、独りでぶつぶつと悪態をつく。あと何台かで、国道である。前が空いたら、思いっきりアクセルを開けよう。よっしゃっ、と思ったその前で、いきなり信号が変わってしまった。ガックリである。

ちぇっ。こんな日もあるさ。

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タンクのつぶやき

やっと用事を済ませて、家に帰り着いた。メインスウィッチをオフにして、サイドスタンドを出す。ハンドルを左に切って、バイクから降りる。グローブを外し、ヘルメットを脱ぐ。

ふと、耳を澄ますと、変な音が聞こえる。なんだろう?エンジンの冷える時の、金属音とも違う。ぶつぶつと呟くような、小さい音である。どこから聞こえてくるのか。オートバイの上に身体を傾け、音源を探ってみる。

ああ、わかった。ここだ。わたしは、スポーツスターの細身のガゾリンタンクに、耳を付けてみる。今度ははっきりと聞こえた。ボコリ、ボコリと、ガゾリンが沸騰している音だ。絶え間なく沸騰している。よく耳を澄ますと、気化したガソリンが逃げていく、シュウシュウという音も聞こえる。

エンジンの熱が、ガソリンタンクにも伝わっているのだろう。それにしても、驚きである。ガソリンが気化しやすいと知ってはいたが、こんな勢いで沸騰しているなんて。

こんなとき、オートバイは生き物のように感じられる。ガソリンという危険物を喰らう、魅力的な生き物。エンジンを切ると、ぶつぶつと文句を言う。まだまだ走り足りないと言っているかのようにも聞こえる。
(そして、沸騰するガソリンは、まるで、自分の心の様でもある。今にも火がつきそうな、煮え立った感情)

しばらくすると、ようやくエンジンが冷えてきた。さっきまでの、タンクのつぶやきも聞こえなくなった。わたしは、後輪にロックをかけた。
おつかれさん。ゆっくりと、休んでくれよ。

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信州は夏の空

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一日中パソコンに向かって仕事をしていると、神経が疲れてくる。午後も遅くになって、ちょっと一休みする事にした。身体を動かしたいので、今日は、スポーツスターには休んでいてもらおう。散歩がてら、てくてくと歩いて、美鈴湖まで行ってみた。

森に囲まれた湖である。今日は月曜日、平日であるためか、誰もいない。鳥の声が響いているだけである。時々、ぱしゃり、と魚が跳ねる。ウッドテラスから湖面を覗き込んでみると、いるわいるわ、何匹もの魚が泳いでいる。大きいのはフナだ。小さいのは何だろう?何種類もの魚だ。水底に、大きなタニシがいる。アメンボが、水面を横切る。右手のアシの茂みで、蛙がぐぐり、と鳴いた。

見上げると、本当に気持ちの良い空だ。白い雲は、すでに夏の形になっている。何日か前に、沖縄で梅雨が明けたとの事。きっと今、夏が北上しているところなのだろう。この分だと、今年の信州は暑くなりそうだ。

そろそろ、ヒグラシが鳴き出す時間である。
陽が落ちる前に、ぼちぼち帰ろうか。

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安曇野の日は暮れて

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知人のところでの、打合せが終わった。だいぶん遅くなった。あたりは薄やみに包まれはじめている。

スポーツスターのエンジンに、火を入れた。暖気をするわずかな時間、流れてゆく雲を見て、ぼ〜っとしていた。地上はすでに暗くなっているのに、西の空だけがぼんやりと明るい。ときどき車が、道を通り過ぎてゆく。みな、家路を急いでいるのだろう、だいぶんスピードが出ている。遠くの方に、集落の灯りが見えている。

何にも考えていなかった。疲れているのだろうか。頭がはっきりと働かない。まるで水の中にいるような、妙な息苦しさだ。こんな日は、さっさと家に帰ろう。寄り道しないで、安全運転で。

どんなに疲れている時でも、883はわたしを裏切ったことがない。必要な分のパワーしかないので、気負わず走れる。アクセルワークに気を使わないので、安心して走れるのだ。ヒトに優しい、低性能といったところか。

わたしは、ゆっくりと走り出した。
家までは、あともう少しである。

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投げ捨てられたタバコ

たそがれ時の、山道を走っていた。スポーツスターでは、普通に走っていても、前を走る一般車に追いついてしまう。仕事帰りなのだろう、1.5トン程の、白いトラックである。追い抜こうにも、カーブの連続しているところでは無理だ。しばらく、そのトラックの後について走っていた。

突然、ドライバーが、窓から火のついたタバコを投げ捨てた。路面に火の粉をまき散らし、吸い殻は後方へ飛んでいった。わたしのバイクをかすめて。瞬間、頭に血がのぼりかける。けんかを売られたかのように、感じたのだ。

タバコを窓から捨てるなど、マナーが悪いにもほどがある。こちらがフルフェイスのヘルメットだったから良かったが、半ヘルであれば危険なことになっていたかもしれない。それでも、わたしは何事もなかったかのように、走った。昔だったら、無理矢理でも前に出て、文句の1つも言ったところだが。

つまらないことに、関わっているヒマはないのだ。こっちは、遊びで走り回っているわけではない。仕事の打合せや、下調べなど、バイクの方が都合がいいから(もちろん楽しいからでもあるが)走っているのだ。わたしに何かがあれば、すぐに家族が飢えてしまう。だから、ムチャはしない。それに、意地の張り合いでは、過去に嫌な目にあっている。

バイク乗りは、身体を張って乗っている。だからこそ、危険には敏感である。ドライバーの大部分は、バイク乗りの感覚を理解していない。だから、平気で幅寄せをしてきたり、目の前にタバコを投げ捨てたりする。トラブルになって初めて、バイク乗りが本気で怒っていることに気付くのだ。大概のドライバーは、こちらが本気で怒っているのがわかると、引くものだ。それでも、ごくたまに引くことを知らない男達がいる。そんな場合は、意地の張り合いだ。最期はつかみ合いになることが多い。

私の場合もそうだった。実は、過去に2回、車のドライバーとつかみ合いになっている。困ったのは、相手が酔っぱらっていて自制の効かない状態の時である。相手はやる気である。わたしもやるしかない。しかし哀しいかな、酔っぱらいである。足元もおぼつかないのだ。シャツの胸元をつかんで、簡単にねじ伏せてしまった。しかし、それでも相手はやる気である。自分がヤクザ上がりであることを強調し、短くなった小指を見せつけ、脅し、さんざん悪態をつき、わたしのバイクを足蹴にしようとする。さすがに、この時は殺意を覚えた。ーーこのまま、後頭部をアスファルトに叩き付ければ、こいつはおとなしくなるーー

そうなのだ。怖いのは、トラブルになることではない。自分の中の、殺意である。不意に湧いてくる、どす黒い衝動。そんなことをすれば、間違いなく人生が変わってしまう。だから、そんな時は深呼吸することにしている。人を傷つけるのは嫌だし、そんなことで人生を変えてしまうのも嫌だ。だから、落ち着こう。クールに、やろう。クールに。

前を走るトラックの、テールランプを見ながら、わたしは考える。こんなことで、瞬間でも頭に血がのぼりかけた、自分が恥ずかしい。いまだにバイクに乗り続けて、子供っぽい夢想ばかりしているわたしだが、それでも、少しは成長したのだろうか。やがて信号が近づいてくる。そこで、すり抜けで一気に前に出て、そのまま走り去ってしまおう。

アクセルを開きながら、心の中で、バイバイ、とつぶやいてみた。

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50,000Kmブーツ

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思い立って、ブーツの手入れをした。
もう10年以上前に、東京・巣鴨の『ゴロー』という店で買った、オフロードブーツである。購入当時は、山歩きの出来るオフロードブーツ、しかも内側にゴアテックスを張ってあるなど、これしかなかったと思う。頑丈な、良い靴である。

全体のほこりや汚れを落とし、指でミンクオイルを塗り込んでいく。いつも使っている、KIWIの赤缶である。各部を点検しながら、ゆっくりと塗り込んでいく。年月を感じさせない程、革の状態は良い。カビも生えていない。つま先に、細かい引っ掻き傷。シフトペダルの当たる部分は、さすがにすり減っている。ソールも減ってはいるが、まだ大丈夫だ。金属のすね当についている傷は、昔の転倒で出来たものだ。

わたしがバイクに乗る時は、だいたいこのブーツである。オフロードバイク時代から使っているから、走った距離も相当なものである。XT225で約40,000Km走っていて、そのうち半分以上は、このブーツで乗っていた。今のスポーツスターに乗り換えてから36,000Km、これもほとんどブーツで乗っている。合計すると、50,000Km以上も、このブーツで走った事になる。よく保ったものである。

バイクで100,000Kmというのは聞くが、いったい、ブーツの限界はどれくらいなのか。いままで考えた事もなかったが、せっかくだからチャレンジしてみよう。大事に手入れしながら使えば、100,000Kmいけるだろうか。バイクがへたるのが先か、それともブーツか。
……それとも、わたしが最初にへたったりして。

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雲の底の街

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昨日の午後の話である。
曇りがちな天気を伺いつつ、ちょっとだけ散歩に出てみた。
民家の裏手から林道を上がっていくと、やがて道はほそくなり、林の中を抜ける山道になる。こんな近所に登山口があったのかと思いつつ、ジグザグに折れる道を辿りながら、息をきらして登っていく。手入れの行き届いた松林である。驚いたことに、まだ6月だというのにセミが鳴いている。にぎやかな合唱を聴きながら、道をどんどん登っていく。やがて松林を抜けて、広葉樹の林になる。さきほどまで、街の喧噪が聞こえていたのだが、もうそれも届かない。眺望の効かない樹林帯である。倒木が朽ちている。道端には、ほたるぶくろが咲いている。遠くの方で、鳥の鳴き声が聞こえる。

なんでこんなところを登っているのか、ふと疑念にかられてしまう。ちょっと散歩のつもりだったのに、ついつい勢いで登ってきてしまった。ここまで来たら、引き返すのは面倒だ。山道を登りきってしまい、帰りは舗装路を下ってこよう。

そうやって、小一時間も歩いたろうか。急に展望が開けた。あたり一面は伐採され、むき出しの山肌である。その先に見えるピークに登り、一息入れる。風が涼しい。眼下には、今さっきまでいた、松本平がひろがっている。

ごちゃごちゃと雑多な色調で、街は雲の底にあった。まるでおもちゃ箱をぶちまけたようだ。ここ信州は、平地が少ない。だから、松本平の少ない平地に、みな寄り添うように暮らしている。あそこに、わたしたちの日常がある。そう思うと、空しいような、愛しいような、不思議な気分になる。沼の底に落ち葉が溜まって、ミジンコが群れている、それとどれだけ違うというのか。わたしたちも1つの現象であると、ぼんやり考える。(それとも修羅であったか。あの宮沢賢治のように)

わたしは、一時休んでから、また歩き出す。天気が崩れる前に、戻らないと。
雲の底の街へと、ゆっくり降りていく。

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ライダーの左手

良く晴れた土曜日の午後、わたしは車に乗っていた。美ヶ原高原から、松本市内へと続く道。所用の帰りに、そこを走っていた。
バックミラーに、オートバイのヘッドライトが映った。ツーリングライダー達だ。すぐに追いついてくる。わたしは、直線で減速し、左ウィンカーを出して道を譲った。
何台ものバイクが、わたしの車をよけて追い越していく。クルーザー、オフロード、ネイキッド。通り過ぎていくバイクを見ながら、なんて楽しそうなんだろうと、ちょっと嫉妬する。
最期に通過したのは、黒いXJRである(排気量までは判らなかった)。ライダーが、左手を掲げて挨拶していく。

いままでに、いくつものライダーの左手を見てきた。こんな風に、道を譲ったお礼だったり、ある時はすれ違いざまのピースサインだったり。別れ際の挨拶も、ねずみ取りを教えてくれた左手もあった。そういえば、まだわたしが免許もない頃、自転車で峠道を登っていたとき、追い抜きざまに励ましてくれた左手もあった。

ライダーの左手は、ヘルメットをかぶり話の出来ないバイク同士の、大事なコミュニケーションの手段である。たかが挨拶に過ぎないが、左手の仕草に、その人の気持ちが表れる。わたし自身でも、信号待ちの車列の前に出た時など、左手の挨拶を欠かさないようにしている。誰から教わったわけでもないのだが、そのようにしていた先輩ライダー達に、いつか影響されていたのだろう。

謙虚な気持ちや、礼節など、ついつい忘れがちな日常である。満員電車の席を奪い合ったり、タクシー待ちの列に走ってみたり。そうしなければ、生き抜いていけない程、世の中は厳しい。生物である以上、弱肉強食は仕方がない。確かにそうなのだが、せめてバイクに乗っている時ぐらい、優しい気持ちで走りたいではないか。そんな事を考えながら、走り去るライダー達を見送っていた。
初夏の信州を、満喫してほしい。良いツーリングになる事を、祈っている。

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タンクキャップと青い空

気持ちのいい天気だった。胸がすくような、青空だ。
こんなときこそ、スポーツスターに乗ろう。エンジンに火を入れて、行き先は、走り出してから考えれば良い。

松本市内から、塩尻のインターチェンジに抜ける道がある。信号も少なく、車の流れも良い。快適な道である。
集落を過ぎて、ちょっとした林の中を抜けると、一気に視界が開ける。一面の畑、眼下には松本の市街地が小さく見える。遠くには北アルプス。風が心地よい。
こんな風に、景色を眺めながら、のんびりと走るのが好きだ。素っ気ないほどシンプルな883のメーターまわりは、ゆったりとした風景によく似合う。そして、それにもまして好もしいのは、クロームのタンクキャップに映える、青い空である。

本来ならば、走りながらタンクキャップを見つめているなんて、危険きわまりない。だが、あなたも乗ってみればわかる。まるで魚眼レンズで見た風景のように、ちょうど良い角度で空が映り込む。小さなタンクキャップの表面は、きらきらと青く輝き、流れていく白い雲が彩りを添える。それはあたかも貴重な宝石のごとく、大げさに言えば、この青空を両手で抱え込んで走っているような、そんな気分にさせてくれる。

陶然としていると、すぐにコーナーが迫ってくる。ブレーキを利かせ、スピードを充分に落として、ゆっくりと旋回する。
アクセルを開け、加速していくと、高まってくるエンジンの鼓動。
胸の奥から、こみ上げてくる笑い。

そうなのだ。
これが楽しくて、ずっと走り続けている。
きっと、明日も。

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思いがけない友人の来訪

二日酔いの頭で、ほうけて過ごす土曜日の午前。そこへ、携帯が鳴った。東京に住んでいる、十何年来の友人からである。
彼は、BMWに乗っている。今日は乗鞍高原でBMW乗りのミーティングがある、松本に寄るのでちょっと出てこないか、と言うのだ。是も否もない。旧友の来訪は、いつだってうれしいものだ。早速、時間を決めて、待ち合わせる。

駅のロータリーで待ち合わせて、スポーツスターを乗り付ける。2台のバイクを並べて停める(H-Dと、BMWしかもKシリーズという、異色の組合せである)。久しぶりの再会を喜ぶ。腹が減った、と彼が言うので、イベントが行われている近くの公園まで移動する。
この日、松本市の『あがたの森公園』では、 クラフトフェアまつもと というイベントが行われていた。年に一度、ハンドクラフトのアーティスト達が集まり、野外クラフトフェアを行なっているのだ。ちょっとしたお祭り気分である。
お互いの近況を語り合いながら、会場内をぶらつく。ティピから、コーヒーの香りが漂ってくる。サモサをパクつき、コーヒーを一杯入れてもらい、芝生に座り込んでくつろぐ。隣では銀細工の体験工房をやっている。向こうでは車座になって、太鼓を叩いている。おばちゃんが歩いていく。子供は走っていく。あちらこちらで、おだやかな笑い声。

わたしたちはいつも、別々の道を走りながら、こうやって、ごくたまに再会する。深刻な話をするでもなく、とりとめもなく近況を語る。そして、何となく安心したような気になれる。彼も、わたしも、ずっとバイクに乗ってきた。ステップを踏ん張り、倒れないように走り続けるのが、バイクである。お互い、ここまで無事に走って来れた。また、次に会う時まで、走っていけるように。

国道で、いつもの様にクラクションを2度鳴らし、片手をあげて別れる。彼は乗鞍に向かう。
わたしは、そうだな、もう少しぶらついて帰ろう。

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空に三日月

夕方から、883に乗って出かけてきた。
知人の事務所を訪ね、その後、また別の事務所で打ち合わせである。最期の打ち合わせが終わり、帰宅の徒についたのは、陽が沈みきったあとだった。
エンジンに火を入れる。
冷えきったエンジンを暖めながら、ふと見上げると、月が出ている。
だれかが爪で引っ掻いたような、ほそい三日月だ。

こんな三日月が好きだと、誰かと話したことがある。
今と同じように、空を見上げていた。
たしかにその瞬間、その誰かとわかり合えたはずだった。
あれはいつの事だったのか。
そして相手は誰だったのか。

記憶の色がなくなって、感覚だけが残っている。
こんな風にして、少しずつ忘れていくんだな。
透明な喪失感である。

バイクにまたがり、ヘルメットをかぶる。
走り出すと、風は、冷たかった。

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XT225のおもいで。

どんよりと曇っていた空は、昼過ぎには雨を降らせ始めた。

午前中のうちに、乗っておくのだったと、わたしはちょっと後悔した。
軒下で、XLH883の小ぶりなヘッドライトが、恨めしそうにかしいでいる。

20代のわたしなら、これくらいの雨の中でも平気で走り回っていた。

当時は、XT225セローを所有していて、どこへ行くにも一緒だった。それこそ、台風の日にも、わざわざ氾濫する河を見に出かけたりしたものだった。しっかりした雨具を装備さえしていれば、雨のツーリングも、楽しみの1つになる。当時、住んでいた神奈川から、八王子を越えて、五日市に抜ける林道があった。ちょっとした気分転換に、その林道を良く走った。たしか醍醐林道といったのではなかったか。

新緑の頃の雨の日には、車は滅多に通らないその林道を、スタンディングで、ジョギング程度のスピードで流す。どこへ行くわけでもなく、林道の終点で、折り返して戻ってくる。杉林のなかを、ぬかるんだ路面が続く。誰も通らない。いつもなら軽快に響くエキゾーストノートも、そんな日はくぐもって聞こえる。バイクを停めて、エンジンの火を落とすと、遠くの方で静かに、カッコウが鳴いている。

古ぼけた、安アパートに住んで、路上でセローを整備していた。毎晩のように、バイク乗りの友達が集まってくる。小銭を出し合い、ちょっとした食料と酒を買ってきて、部屋での宴会。色々な事が、うまくいかなくて、いつも何かに不満を感じていた。生活のすべてが、バイクを中心にしていたような気がする、あの頃。


何年も経って、わたしは色々なものを(ささやかなものばかりだが)手に入れた。新しい家族だとか、車だとか。不満もあるが、おおむね満足できる生活である。それでも、ごくたまに、あの頃の事を思い出す。

あれから、わたしは成長しているのだろうか。理由も無く走り回っていたあの頃から、いったいどれだけ成長したというのだろう。目的地の無いツーリングを、今でも続けているのではないかと、漠とした不安を覚える。

窓の外は、いつ止むとも知れない、五月の雨が降っている。

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雨で一休み

今日は雨が降っていて、バイクで走る事が出来ない。

いや、もちろん雨だろうと走る事は出来るのだが、カッパを着るのが面倒なのである。
それに。
それに雨の日のスポーツスターは、止まらない。
普段からブレーキの効きは悪いと感じていたが、雨だと弱点が顕著に出るのだ。
リアブレーキをメインに使うHD独特のブレーキ方法は、制動中のコントロールが容易な反面、制動距離が伸びる傾向にある。
イメージ的には、「両足で地面に踏ん張る」感じで、リアタイアで踏ん張って止まるのだ。
もちろん、運転のうまい人ならばHDのハンデ(車重とか、プアなブレーキとか)をモノともせずにガンガンに乗りこなすのだろうが…
私の場合は、どちらかと言うと運動神経のニブい方なので、雨の日のライドは避けるようにしている。

こんな日は、ゆっくりとお茶でも飲んで、窓の外を眺めていよう。

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